ヒ本MY句

August 2382005

 壯年すでに斜塔のごとし百日紅

                           塚本邦雄

語は「百日紅(さるすべり)」で夏。作者は、歌人の塚本邦雄である。いまを盛りと百日紅が咲いている。よく樹を見ると,がっしりとしてはいるが「斜塔」のように少し傾(かし)いでいるのだろう。その様子を、生命力盛んな人間の「壯年」の比喩に見立てた句だ。すなわち、最高度の充実体のなかに「すでに」滅びの兆しが現われているのを見てしまったというわけで、いかにも塚本邦雄らしい感受性が滲み出ている。掲句は、たとえば彼の短歌「鮎のごとき少女婚して樅の苗植う 樅の材(き)は柩に宣(よ)し」に通じ,またたとえば「天國てふ檻見ゆるかな鬚剃ると父らがけむる眸(まみ)あぐるとき」に通じている。加えて「斜塔」のような西洋的景物を無理無く忍び込ませているのも塚本ワールドの特長で,無国籍短歌とも評されたが、塚本の意図はいわゆる日本的な抒情のみに依りすがる旧来の短歌や俳句を否定することにあった。この感覚に若い読者が飛びつき,エピゴーネン的実作者が輩出したのも当然の流れだったと言うべきか。塚本は言った。「同じ歌風を全部が右へならえして、一つの結社でチーチーパッパとやっている神経が,どうしてもわかりません。練習期間が過ぎてもまだ師匠と同じように歌っていることに疑問を感じないのは,一種の馬鹿じゃないかと思う。だから、いつまでも私の真似をする人もきらいなんです」。現代詩手帖特集版『塚本邦雄の宇宙 詩魂玲瓏』(2005)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます